私は天使なんかじゃない








アリーナへ






  自由を得る為に戦う。
  それは正しい行いだと思う。決して不正義ではない。

  誰しもが戦ってる。
  誰しもが。


  自由を得る代価は果てしなく高い。だけど代価を支払う価値はある。
  だからこそ戦うのだ。





  製鉄所の地下にアリーナがあるらしい。
  いや正確には『穴蔵』か。
  まあいい。
  どっちにしても戦う場なのは確かなのだから名前なんてどうでもいい。そこに向かう際に奴隷達は励ましの声を掛けてくる。
  どうやら私がワーナーの計画に絡んでいるのを知っているらしい。
  つまり。
  つまり奴隷達は全員繋がってるのだ。
  蜂起の為にね。
  それにしてもズサンな気はする。どこから情報が洩れるか分からないのに奴隷達は軽々しく口にしている。蜂起の事をね。もちろんレイダー達が側
  にいる時はそんな事は口にしていないのだろうけど、あまりにもズサンだろう。
  それともこれも計画の内?
  蜂起を匂わせ裏を掻く。
  それはそれで作戦にはなるけど……奴隷達は見捨てられる事になる。少なくとも犠牲者が沢山出るだろう。奴隷は餌なわけだ。
  ……。
  ……まあ、全ては憶測ですけどね。
  ともかく私は戦いの場に向かう。
  製鉄所の地下に。
  そこに通じる入り口には女レイダーが立ち塞がっていた。
  「何しに来た、奴隷っ!」
  「戦いに来たのよ」
  「戦いに?」
  「そう」

  「ハハっ! 穴蔵の試合に出る事にした間抜けな奴隷ってのはあんたなのかっ!」
  「……」
  変な声。
  この女、鼻が詰まってんのかな?
  「じゃあ、行っといでっ! フェイドラがお待ちかねだよっ! ハハっ!」
  「了解」
  「覚えておきな。あんたらは一度転落したら二度と這い上がれないって事をねっ!」
  「はいはい。分かりましたよー」
  「ちっ。可愛くない女だね」
  「お互い様よ」
  女の脇を過ぎて奥に進み、階段を下る。
  下りるにつれて血の匂いがして来た。
  なかなか物騒な感じ。
  武器は当然隠し持っている。スチールヤードで拾った改良型32口径ピストルをね。改造されているので通常のより威力が高い。
  もちろん欲を言えばもっと上位の武器が欲しいのは確かだけどさ。
  少なくとも自動小銃は欲しい。
  ミディア曰く『穴蔵での戦いは銃撃戦がメイン』らしいし。つまり肉弾戦ではないのだ。相手は銃を使ってくるらしい。要は私も銃で応戦する必要が
  あるんだけど……もっと強い火器はないのかなぁ。
  まあ、相手の火力にもよるけどさ。
  一番下まで下りる。
  そこには女性のレイダーがいた。
  こいつがフェイドラ?
  「あのー」
  「奴隷がここで何してるんだい? ……まさかあんたみたいなひ弱な女が戦おうってのかい?」
  「そのまさかよ。登録はここでするの?」
  「そんなものはないよ。あんたが戦いたいって言う。あたしが試合を決める。あんたが死ぬ。あとはまた次に来る間抜けな奴隷で同じ事を繰り返すだけさ」
  「登録は簡単ね。よかった。手間が掛からなくて」
  「楽な理屈でしょ? やってみる? どうせ生きてるより死んだ方がマシじゃないの?」
  「ルールは?」
  「とってもシンプルよ。ゲートが開いたら戦うだけ。最後に立ってるのが勝者ってわけ」
  「ふーん」
  「言うまでもないけどゲートが開いたらバレルが投げ込まれるから放射能で死ぬ前に必ず相手を仕留める事ね。バレルの中のモノに長い事体を晒す事
  はお勧めしないわ。トロッグになりたくないなら忠告は護る事ね」
  「バレル」
  何だかよく分からないけど……放射能を帯びた物質なのだろう。
  多分ね。
  どっちにしても厄介な代物なのは確かだ。
  「武器は? まさか素手って事はないわよね?」
  「自分で持ち込んだ物は何でも使える。出処は詮索されない。銃があるなら使えばいいわ」
  「支給は?」
  「甘えんじゃないよ、奴隷」
  「……」
  改良型32口径ピストルだけっすか。
  相手にもよるけど心許ないなぁ。
  「やっほー☆ ミスティ☆」
  「この声は……」
  振り返る。
  蒼い髪の少女シーリーン、愛称シーだ。今回は傭兵の服ではなく奴隷の服を着ている。どこで調達したかは……あー、そうか、そういえば彼女も元々は
  ワーナーにこの街に送り込まれた存在だっけ。しばらくは奴隷ごっこしてたんだろう、多分。
  たまに奴隷服着てこの街に入り込んでるのかな。
  「友達かい?」
  「えっ? ええ、まあ」
  フェイドラの問いに私は頷く。
  シーは古びた長い棒を持っていた。……あれ、棒じゃないな、あれは。シーはそれを私に投げる。
  咄嗟に受け止めた。
  「試合に出るって聞いてね、それお土産」
  「どこで聞いたかは知らないけど……てか早過ぎるでしょ、情報ゲットが」
  「まあまあ堅い事は言わないの。それ使っていいわよ」
  「……どこの骨董品よ、これ」
  「贅沢言わない。ほら、弾丸よ」
  弾丸の箱を投げて寄越す。
  古びた長い棒と思ったモノは錆が浮いたショットガンだ。それも元込め式の単発銃。西部劇の銃だろ、これ。
  32口径ピストルより攻撃力高いとは思うけど使い勝手悪過ぎっ!
  ……。
  ……ま、まあ、何もないよりはマシだろう。
  シーに感謝。
  「助かったわ」
  「いいのよ。あたしはミスティが勝つ方に賭けてるんだからさ」
  「賭け?」
  「そう」
  「奴隷がキャップ得てどうすんの?」
  「奴隷は得たお金でタバコとかお酒とかの嗜好品を購入するの。……まあ、あたしは小遣い稼ぎだけどね。奴隷じゃないし」
  「ふぅん」
  「奴隷の唯一確実に稼げる娯楽なわけなのだよ、戦う奴隷君☆ じゃあ、そろそろ行くわ。儲けさせてよね、ミスティ☆」
  「……」
  友達甲斐のない奴。
  立ち去る彼女を見ながら私はそう思った。
  まあ、骨董品とはいえ破壊力はそれなりにあるショットガンが手に入っただけマシか。そこは感謝しよう。
  弾丸を銃身に込める。
  そしてポケットにショットガンの弾を詰め込んだ。
  「なかなか良い友達だね」
  「そりゃどうも」
  皮肉か?
  皮肉なのか?
  フェイドラの言葉に私は面白くなさそうに答えた。実際面白くないです、はい。
  さて話を進めるとしよう。
  「勝てる確率は?」
  「何を期待しているの? ほとんど死ぬ。1人2人は抜けられた。そんな程度の確率ね。それで、それが何?」
  「唯一勝ち残った女として伝説になれると思った。残念。勝ち抜けはいたのかぁ」
  「面白いね、あんた」
  「そろそろ戦うわ」
  「そうかい。本当に死ぬ準備が出来たんだね?」
  「死ぬ準備は出来てないけど殺す準備は出来てるわ。問題は?」
  「ふふん。なかなか楽しい奴だね。まあ、すぐに始められるけど身辺整理がしたいのであればそれでも構わないわ。どうする?」
  「それは相手に言ってやって。私は待ってるから」
  「その軽口、また聞けるのを願ってるよっ!」




  腰には改良型32口径ピストル。
  手には元込め式ショットガン。骨董品みたいなものだけどないよりはマシだ。
  私は戦いの場に下りる。
  上を見上げた。
  「おー」
  観客は上の穴から私達の戦いを見てるわけだ。
  あの中にシーもいるのだろう。
  ……。
  ……後で賭けで儲けたキャップの半分を貰わないとね。
  それぐらいしないと私の立場がない。
  金網で出来たゲートは閉じられたまま。ゲートの向うでは3人が戦いの開始を待っている。三対一とは聞いてなかったなぁ。
  アナウンスが響く。


  『さあ皆さん、これから奴隷達は一握りの者達にのみ許された特権を目指して戦いますっ! さあ、楽しんでごらんくださいっ! 皆様の眼を楽しませ
  る為に彼らは戦い、そして死にますっ! まさにエンターテイメントっ!』

  なぁにがエンターテイメントだ。
  自分の死で誰かを楽しませるつもりはない。
  ゲートが開く。
  それと同時に上からドラム缶が無数に降ってきた。PIPBOY3000のガイガーカウンターがその時急に反応した。
  なるほど。
  バレルってあれか。
  放射性物質が入っているのだろう。
  なかなか楽しい趣向ね。戦いを短期決戦にする為の小道具ってわけだ。戦いが長期化すれば戦場にいる私も敵さんも全員被爆して死ぬってわけだ。
  ただ問題は……。
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「……」
  1人、降って来たドラム缶に潰されて即死しました。
  これってギャグですか?
  シュール過ぎて笑えないなぁ。
  タッ。
  私は地を蹴って走る。32口径ピストルを数発発射。それは寸分違わず敵の1人を蜂の巣にした。相手も当然銃を持っていたものの仲間の1人のある
  意味ギャグ的な死亡で戸惑っていたのだろう。呆気なく死亡者2人目となる。
  一気に決めるっ!
  ばぁん。
  ばぁん。
  ばぁん。
  残りの弾丸を一気に叩き込む。最後の奴隷はなかなか頭が回るらしく私が撃つ瞬間に死んだ仲間の死体を盾にした。
  死体が弾を防ぐ。
  私の銃に弾はない。相手はそれに気付いたのだろう、ニヤリと笑う。
  甘いっ!
  ショットガンを構える。
  まだ撃たない。
  距離があるからだ。この距離では効率的な威力は発揮出来ない。相手は撃ってくる。
  銃弾、怖い怖い。
  当たれば私も死ぬけど……当たらないんだよなぁ。視界に入る限りはスローに見える。視覚的にであって実際にではないけど、私にはスローに見える。
  回避しつつ詰める。
  相手はまだ死体を盾にしたまま。
  だけど……。
  「甘いっ!」
  ショットガンの引き金を引く。
  近距離で放てば骨董品のショットガンとはいえ、正確性に欠ける命中率とはいえ、これだけ接近すれば問題はない。
  弾丸は死体を貫きそのまま後ろの相手を吹っ飛ばした。
  ドサ。ドサ。
  倒れる死体2つ。
  2つ?
  ええ。だって死体を盾にしてた奴も死体になったもん。
  「まずは一勝ね」

  『残ったのは1人、たった1人っ! うら若きこの女奴隷はどこまで勝ち進めるのかっ! それとも死ぬのかっ! いずれにしても楽しみですっ!』

  そういえば何勝すれば勝ちなんだろ。
  まあいい。
  立ち塞がる奴は全部敵。
  おっけぇ?



  戦闘に勝ってフェイドラの元に戻ると彼女は賞賛の言葉を浴びせて来た。
  興奮してる。
  そんなに凄い試合だったっけ?
  「へぇ、やるじゃないっ! あいつらこの辺じゃ敵なしだったんだよっ!」
  「はっ? あれで?」
  1人は戦わずしてドラム缶に潰されましたけど敵なしっすか?
  どうやらここってキャピタル・ウェイストランドよりも戦闘的なレベルは低いらしい。
  そうか。
  それでワーナーはわざわざキャピタル・ウェイストランドから人材を送り込んでるんだ。地元で腕の立つ人物を探すのではなくわざわざ異邦の地
  から送り込むのは根本的にウェイストランドの方がレベルが高いのかなぁ。
  それならそれでいい。
  楽が出来る。
  もちろん異邦の地から送り込むのは万が一失敗した場合の保険でもあるだろう。失敗したらきっとミディア達は関係を否定するに決まってる。
  きっとね。
  「あんなの何でもないわ。雑魚よ、雑魚」
  「闘争心が強いのね。でもぬか喜びはしない方がいいわ。きっとアッシャーは次の試合でも何か仕掛けてくるはずよ。……それで? すぐ次も戦うかい?」
  「何試合勝てばいいの?」
  「あと2回だ。だけどあんたには3日の猶予が与えられてる。1日1戦でも文句はどこからも出ない。どうする?」
  「延ばす必要はないからすぐ戦うわ」
  「それでこそだよっ!」
  何気に好かれたらしい。
  どこでもどんな場所でも人気者のミスティちゃん。モテモテですなぁ。
  ほほほ☆
  「次の相手は誰?」
  「今度はツキに頼るってわけには行かないよ。しっかり気合を入れておくんだね」
  「まあ善処する」
  「アッシャーは見応えのある試合にしたいみたいよ。ベア兄弟を差し向けてきたわ。奴らは凶暴だよっ!」
  「ふぅん」
  「噂じゃ半分トロッグみたいな奴らだって。でもあんたらならうまくやるんじゃない? きっとね」
  「トロッグ狩りは得意なの。問題ないわ」
  「よく言ったっ! そう来なくっちゃっ! さあ、行っておいでっ!」



  再び戦いの場に下りる。
  弾丸はもちろん込めた。今度の相手は2人らしい。ベア兄弟だっけ?
  同じ日に死ねるなんて仲良しな兄弟ね。
  フェイドラ曰く『降伏は認められない』らしい。つまり降伏は許されずそのまま嬲り殺されるってわけだ。
  まあ、降伏なんて私の主義に反するけど。
  アナウンスが響く。

  『奴らは野蛮っ! 奴らこそ凶暴っ! だからこそ奴らに任せようじゃないかっ! 無敵のベア兄弟だっ! リアルなファイターを相手にルーキーは
  どこまで立ち向かえるのかっ! さあ、野生を解き放て、ファイトっ!』

  ゲートが開く。
  放射性物質入りのドラム缶が落ちてくる。今度は相手さん、下敷きにならなかった模様。
  ま、まあ、最初のはイレギュラーよね、うん。
  今回の相手は2人。
  1人は接近戦オンリーらしい。妙なガントレットをしている。……ガントレットというか……化け物の手?
  1人は火炎放射器。
  ベア兄弟の戦闘スタイルはどうやら接近戦仕様らしい。火炎放射器は贔屓目に見てもせいぜい中距離程度だろう。私は銃火器所有してる。
  楽勝ね。
  「俺が突っ込む、弟よ、援護せよっ!」
  「兄者っ! 心得たっ!」
  暑苦しい兄弟愛だ。
  突っ込んでくるのは化け物の手を装着した奴だ。あれが兄貴らしい。じゃあ火炎放射器の奴が弟か。
  化け物の手についている爪は鋭利そうだ。
  ナイフよりも鋭そう。
  簡単に人の肉を裂き、骨を切り、人の命を奪うだろう。
  ……。
  ……当たればねー。
  ばぁん。
  ばぁん。
  ばぁん。
  改良型32口径ピストルを発砲。
  兄貴の額、喉、胸、それぞれ貫通。全て急所だ。カッと目を見開いたままベア兄弟に兄貴はそのままぶっ倒れる。
  「兄者っ! ちくしょうっ!」
  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  火炎放射器から炎を振り撒く弟。
  炎の壁だ。
  私に届くほどの距離ではないけど熱くて近付けない。
  ふぅん。
  ……それで?
  ショットガンを私は撃つ。散弾だからある程度離れると効果的な威力は発揮出来ないものの……むしろ即死出来ないから悲惨な場合もある。
  この場合がそうだった。
  散弾は散らばる形でベア兄弟の弟の体全身にダメージを与える。
  「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  のた打ち回る。
  コツ。コツ。コツ。
  私は歩みを進める。元込め式のショットガンの銃身を折って弾丸を装填。
  「待ってくれっ! 降伏……っ!」
  「バイ」
  ショットガンを発射。
  ベア兄弟の弟の頭を吹き飛ばした。
  アナウンスが響く。

  『ベア兄弟が殺られたっ! このルーキーは期待が持てるぞっ! こんな女は初めてだっ!』

  弱い。
  弱い。
  弱い。
  ベア兄弟は強敵だと認識しているこの街の人々。
  つまりレベル的にキャピタル・ウェイストランドよりも劣るというのはあながち誤った考えではないようだ。
  まあ、私が強過ぎるというのもあるだろうけど。
  「武器のチョイスがねぇ」
  悪いのもあるとは思う。
  こいつら遠距離用の武器を持ってなかった。接近出来なければただの的でしかない。今回の私との戦いがまさに良い例だったと思う。
  近付けなければお陀仏なのだから。それを兄弟は理解していなかった。
  私は肩を竦める。
  「高い授業料だったわね」



  勝った。
  私はフェイドラの元に戻る。彼女は拍手で迎えてくれた。
  好かれてる?
  好かれてる、私?
  カリスマのスキルが私ってば高いからねぇ。まさに主人公に相応しい人物です、私。
  ほほほ☆
  「倒してきたわ、フェイドラ」
  「いいね。悪くないよ。ベア兄弟はなかなか腕が立つ連中だったんだけど、あんたの方が上手だったみたいだね。儲けさせてもらったよっ!」
  「ああ。あんたも賭けてたわけ」
  「初戦は相手に賭けてミスったけど今回はたんまり儲けたよ。はははっ!」
  「ふぅ」
  それで喜んでるわけか。
  ふぅん。
  何か残念。好かれてるわけじゃないのかぁ。
  さて。
  「もう一戦勝てば自由の身だよ。でも生き残れればの話だけどね。最後の戦いはどうする? 1日空けるかい?」
  「そうね。そうする。1日休憩するわ」
  「じゃあまた明日。……ああ、あんたの名前は? あたしはフェイドラさ」
  「今更自己紹介? ミスティよ」
  「ミスティ。あんたが死んだらトロッグの餌にせずに埋葬してやるよ。敬意を表してね」